童謡シャボン玉の真実を知ってしまったら涙なしでは歌えない

童謡「シャボン玉」は、野口雨情作詞・中山晋平作曲による日本の童謡です。
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シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
 屋根まで飛んで こわれて消えた
シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
 産まれてすぐに こわれて消えた
風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ

シャボン玉飛んだ 屋根より高く
 ふうわりふわり つづいて飛んだ
シャボン玉いいな お空にあがる
 あがっていって かえってこない
ふうわりふわり シャボン玉とんだ

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童謡「シャボン玉」は野口雨情の亡き娘への鎮魂歌

野口雨情には明治41年、26歳で長女「みどり」が生まれますが、1週間で亡くなってしまいます。
そのことを念頭において「シャボン玉」の詩を読むと、「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた」「シャボン玉いいな お空にあがる あがっていって かえってこない」の部分は、まさしく生まれてすぐに亡くなった長女のことを歌っていると言えるのではないでしょうか。

実は野口雨情自身は、この詩と生まれてすぐに亡くなった娘との関連については何も語っていません。
けれども、長女「みどり」が亡くなったことを後々まで悔やんでいたことを考えると、この詩が長女「みどり」への鎮魂歌であるという説は、妥当だというように思えます。

もしかしたら、散歩でもしていた雨情が、シャボン玉をつくって遊んでいる子どもたちを見かけ、長女「みどり」を思い出して作ったのかもしれませんね。
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一説に、この詩に関連する亡くなった娘は「恒子」でなはいかというサイトがありましたが、それは違うと思います。
ちょっと野口雨情の関連する年表を見てみましょう。

  • 1908(明治41)年 長女「みどり」が生まれるが、生まれて7日目に亡くなる
  • 1921(大正10)年 四女「恒子」が生まれる
  • 1922(大正11)年 「シャボン玉」の詩を発表
  • 1923(大正12)年 童謡として「シャボン玉」発表
  • 1924(大正13)年 「恒子」が亡くなる(2歳)
  • 1936(昭和11)年 「シャボン玉」の後半の詩が追加される

「シャボン玉」の発表が「恒子」が亡くなる前ですので、「シャボン玉」で思い起こされていた娘は「みどり」ではないかと思われます。

生まれて7日目に亡くなった長女と「シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた」の歌詞のつながりに気づいてから、私は涙なくしてこの歌を歌えなくなりました。

「シャボン玉」のメロディと賛美歌「主われを愛す」

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中山晋平作曲の「シャボン玉」のメロディは、ブラッドベリーが1862年に作曲した賛美歌「主われを愛す(Jesus Loves Me,This I Know)」によく似ています。

この賛美歌が明治時代には、日本ですでに知られている曲であったこと、この賛美歌のテーマが幼くして亡くなった少年の話であるところを見ると、「シャボン玉」のメロディは、この賛美歌へのオマージュとして作られたのかもしれませんね。

歌の前半が「シャボン玉」によく似ているのがおわかりいただけるかと思います。

よく知られた童謡「シャボン玉」ですが、ゆっくりと、詩をかみしめて歌う時、野口雨情の気持ちが伝わってくるようですね。
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