中国皇帝が求め愛用した不老不死の薬の正体は

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秦の始皇帝が求めた「丹薬」とは

司馬遷の『史記』に秦の始皇帝が方士(神仙の術を身につけた者)徐福に命じて、東の海上の仙人の島へ不死の薬を求めに行かせた話があります。

始皇帝が求めたその「仙薬=不老不死の薬」には「丹薬」が含まれています。
丹薬の丹(=朱色)とは、水銀と硫黄の化合物が朱色であるところからきています。

丹薬には処方箋が残っているものがありますが、それによると成分は、「硫化水銀、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウム」など金属化合物が含まれていました。
これってどう見ても人間が服用するような代物ではないですね。

丹薬の基本となるのは丹砂、すなわち水銀です。
水銀は液状ですが、300~400度で長時間加熱すると酸化水銀となって赤く変わります。
しかし、それをさらに加熱すれば、再び金属水銀が蒸留されてきます。

『抱朴子』を著した葛洪によると、「草木はいくら薬になるといっても、燃やせば灰になってしまう。それに比べると黄金は地に埋めても錆びず、丹砂(硫化水銀)は千変万化してまたもとの姿に戻り、生命は絶えることがない。だから黄金や水銀は不老長寿の薬になるのだ」そうで、水銀こそが仙薬の基本であるということになりました。

唐の歴代皇帝が愛用した丹薬

清の時代に趙翼が著した『二十二史箚記』によると、「二代皇帝太宗は丹薬を愛用した。そのあとの高宗もそうしようと思ったが、側近に諌められてやめた。十一代憲宗も丹薬を毎日のんだ。そうすると喉が渇き、皮膚がカサカサになって、やたらと凶暴性を発揮したあげくに死んでしまった。」などと、唐の皇帝のうち6人は丹薬で死んでおり、丹薬を飲んで長寿を全うしたのは則天武后ただ一人であることが述べられています。

この丹薬は鑑真和上等によって日本にも伝えられ、平安貴族も愛用していました。

不老不死を求めた結果がかえって命を縮める皮肉な結果になったわけですが、その先例を知りながらも自分も不老不死を求めてしまう心理が興味深いですね。

秦の始皇帝の死因に関するちょっとした疑問

ちなみに、秦の始皇帝の死因であるが、『史記』には「病死」としか書かれていません。

遺体を安置した玄室の周りに「水銀で川や海が造られた」とあることを理由に水銀を死因とする説がありますが、これはちょっとおかしいのではないでしょうか。
いくらなんでも、まわりに川や海ができるほど水銀を服用したとは考えられません。
水銀が死因に関連するのは十分あり得るのでしょうが、史記のこの記述を持って水銀を死因とすることは不自然と思われます。

水銀化合物には殺菌作用があり、エジプトのミイラと同様に、殺菌・保存のために水銀が使われたと考えた方が妥当なのではないでしょうか。

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