誤解されているマリー・アントワネットの9つの真実

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」は、マリー・アントワネットの言葉ではない

もとの言葉はルソーの『告白』の中に出てくる言葉ですが、その本が書かれた1765年にはマリー・アントワネットは9歳で、まだオーストリアの宮廷にいます。
ルソーが「たいへんに身分の高い女性」の言葉としてますが、当時フランスとは縁もゆかりもない9歳の女性を指して言った言葉とは考えられません。

マリー・アントワネットは寛大な慈善家であった

イギリスのアントニア・フレーザーは、マリー・アントワネットの伝記の中で、「マリー・アントワネットは寛大な慈善家であり、耳に届く貧しい人々の惨状には心を痛めていた」と指摘しています。

マリー・アントワネットは政略結婚でフランスに嫁いだ

マリー・アントワネットの母であり、オーストリアの女王であるマリア・テレジアは、オーストリア継承戦争でプロイセンに不覚を取り、その復讐戦となる戦争(七年戦争)に先立って、プロイセン包囲網を敷くことを意図し、 長年の宿敵フランスと手を結ぶことを考えました。

その時に、フランス王ルイ15世の孫(後のルイ16世)に嫁いだのが、マリア・テレジアの末娘であるマリー・アントワネットでした。

マリー・アントワネットの作った曲がある

マリー・アントワネットは小さい時から音楽に親しみ、フランスに嫁いでからもハープを奏でていたりしていたようです。
作曲もしていたようです。
多くはフランス革命時に焼き捨てられますが、その一部が現在も残っています。

フランスの財政難はマリー・アントワネットの浪費のせいではない

マリー・アントワネットは「赤字夫人」と呼ばれたりして、フランス財政赤字の張本人とされたりしていましたが、フランス王室及び特権貴族の出費は国全体の6%に過ぎず、彼女の出費はその一部に過ぎないと言われています。

フランスの財政難は先代ルイ15世の時代からかなり傾いていたのは事実で、なんでもかんでもマリー・アントワネットのせいにしてしまうのはおかしいと思われます。

シャンパン・グラスはマリー・アントワネットの左胸から型をとった

シャンパン・グラスには細長いフルート型と飲み口の広いクープ型の2種類がありますが、そのうち、クープ型のグラスは、マリー・アントワネットの左胸から型をとったという話があります。

クープ型のグラスは現在とても小さいのですが、当時はとても大きく、小さなご飯茶碗くらいの大きさがあったそうです。

ハンカチが正方形になった起源はマリー・アントワネット

ハンカチの起源は古く、古代エジプト時代からすでに存在していたとされます。

17世紀後半のヨーロッパには、長方形・三角形・たまご型など、様々な形のハンカチが存在し、貴族達が刺繍や豪華な飾りなどで、贅沢を競い男女の仲を取り持つ持ち物の一つでもあったそうです。

しかし、さまざまな形のハンカチがあることを煩わしく思ったマリー・アントワネットが「国内のハンカチは全て正方形に」とルイ16世に進言し、1785年6月、「ハンカチのサイズは縦横同一にすべし」との法令が布告されました。

ちなみにマリー・アントワネットの誕生日11月2日に近い祝日ということで、11月3日が「ハンカチの日」に制定されたそうです。

ジャガイモはマリー・アントワネットがフランス全土に広めた

人々が飢饉に苦しんでいたのに対し、それを解決するのにジャガイモが役に立つと薬屋のパルマンチュなる人物は、なんとかジャガイモを普及させようとします。

そこで彼の考えた秘策は、ジャガイモの花束を王妃マリー・アントワネットに献上すること。
ジャガイモの花はそれなりに美しいものであり、王妃はとても喜んで、それを髪に挿して舞踏会へ行きました。

当時のファッションリーダーである王妃が付けていたので、以後、貴族の女性達はわれもわれもとジャガイモの花をかざるようになり,フランス全土にジャガイモが広まったのということです。

マリー・アントワネット最後の手紙が残されている

1793年10月に処刑されたマリー・アントワネットは、最後に夫であるルイ16世の妹であるエリザベトに手紙を書きました。

しかし、その手紙は義妹エリザベトには届かず、ロベスピエールに渡り、ロベスピエールの処刑後も保管され続け、王政復古後の1816年にルイ16世の弟、ルイ18世にようやく届きました。

二人は私がいつも言い聞かせてきたことを考えてくれますように。
それは義務を果たすことが人生において最も大切なことだということを。
互いに友情と信頼を寄せあえば幸せになれるということを。
・・・
どんな境遇にいようとも、二人が仲良く力を合わせれば
本当に幸せになれるということをわかってくれますように。
・・・
息子は私が何度も繰り返した父の最後の言葉を決して忘れないように。
私たちの死に対する復讐など決して考えないように。
出典: マリー・アントワネットの遺書 Le testament de Marie-Antoinette : ヴェルサイユの花 ~Fleur de Versailles~

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