「亡き王女のためのパヴァーヌ」の意外なエピソード

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ラヴェル作曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」

「亡き王女のためのパヴァーヌ」は6分ほどの短い曲ですが、優しさに満ち、繊細で感傷的に響きます。

この曲はモーリス・ラヴェルが音楽院の学生時代にピアノ用に書いたもので、24歳の時の作品です。

聴いた印象よりもはるかに演奏が難しいと言われるこの曲を、サンソン・フランソワは切なく、限りなく美しく弾いています。

当時は特に若い女性に人気があったらしく、それが逆にラヴェルをがっかりさせ、「貧弱な形式」「シャブリエの影響が強すぎる」「大胆さに欠ける」などと自らこき下ろしていきます。
何だか意外すぎる理由ですね。若い女性に人気があったからとは。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はラヴェル自身によってオーケストラ編曲

でも、そのためか、1910年ラヴェルが35歳の時にオーケストラの作品として生まれ変わることになります。
「管弦楽の魔術師」と呼ばれたラヴェルのオーケストレーションの非凡さは、この作品にも十分に生かされることになりました。

このパリ音楽院管弦楽団による(たぶん)1962年の録音が素晴らしいです。
特に冒頭のホルンの甘くヴィブラートのかかったソロは絶品。

50年以上前の演奏が驚くほど心に響いてきますね。
油断していると思わず涙が溢れてきてしまいます。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」のきっかけとなったとされるベラスケスの絵

題名の「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、ルーヴル美術館にある、ベラスケスの描いたマルガリータ王女の肖像画からインスピレーションを得たとも言われます。
でも、どうもウソっぽく、「亡き王女」はラヴェルが韻を踏んだ言葉遊びからきているというのが本当の所らしいです。

さらに、「パヴァーヌ」とはスペインに起源を持つとされる舞踏音楽ですが、これも曲の形式とは関係なくタイトルだけに使われているようです。

ただ、「亡き王女のためのパヴァーヌ」というタイトルが言葉遊びの域を超えて、曲を聴く人に豊かなイメージを与えているのは確かです。
きっとラヴェルはその効果は十分に認識していたでしょうね。

晩年のラヴェルと「亡き王女のためのパヴァーヌ」

晩年、自動車事故の影響で記憶障害になってしまいます。
そのラヴェルが、この曲を聴いて「この曲はとても素晴らしい。誰が書いたのだろう」と言ったと伝えられています。

若い頃のラヴェルはこの曲をさんざんにこき下ろしているわけですが、これが彼の本当の評価だったと言えるのかもしれません。

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